青い鳥

アール・デコ挿絵本の魅力を思いつくまま

アンドレ・プットマンあるいは       ポストモダンとしてのアール・デコ

 

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 バブル華やかな頃、ある億ションの内覧会に参加したことがあります。もちろん冷やかしですよ。もともと買う気はないというか、たとえ気はあっても・・・まあそれはともかく、お目当てはアンドレ・プットマン設計という触れ込みのインテリアでした。行ってみると、彼女が手掛けたエントランスロビーは確かに魅力的でしたが他のスペースはすべてゼネコンの社内設計で、バブル日本の底の浅さを見る思いでした。

アンドレ・プットマンは1980~90年代に活躍したフランス出身のカリスマデザイナーです。“ 予算があるならプットマン ” とばかりに、ホテル、ブティック、レストラン、美術館などがこぞって彼女にラグジュアリーなインテリアを発注しました。サンローランやラガーフェルドのブティック、さらには超音速機コンコルドの内装まで手掛けています。  

どちらかというとポップで軽いポストモダンのデザイン群にあって、彼女の持ち味は異彩を放っていました。モザイクタイル、大理石、マホガニーといった贅沢な素材による幾何学的な造形はまさしくアール・デコそのものです。独特の硬質な豪華さは、それまで長く続いた無機的かつ “ 民主的 ” なモダンデザインに飽き飽きしていた贅沢好きの人々をひきつけました。

明確な “ イズム ” を持つには至らなかったポストモダンのムーブメントの中で、彼女が示したアール・デコの再解釈はこれからも贅沢なインテリアの主流であり続けるでしょう。

“ 集めた本を読むわけがない ”

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上のタイトルは鹿島茂著「それでも古書を買いました」の見出しです。挿絵本も同様で、コレクターにとってそれらは一種の美術品か西洋骨董であって、決して読書のツールではあリません。もちろん同時代の愛書家たちも読むために高い挿絵本を予約したわけではないでしょう。。

しかし挿絵本といえども、テキストを全く知らないでは見る楽しみも半減します。挿絵を楽しめる程度には内容を知っておきたいのがコレクターの本音です。そんな方のために二冊ほどご紹介を。なお原文を読みこなす方は別途ご随意にしていただくこととして・・・

まずは挿絵本の最高峰「ビリティスの歌」です。ここは鹿島氏ご推薦の生田耕作訳「ビリチスの唄」サバト館刊(社名の漢字は変換できないのでカナで)。優美なスリップケース、仮綴じ風の装丁、おまけにノトールの挿絵付きでコレクター心をくすぐります。名訳と評判の高い口語体は、拾い読みでも十分に楽しめます。

もう一冊、“ テキストは知りたいが労は惜しむ ” というコレクターにぴったりな一冊を。鹿島茂著「フランス文学は役に立つ ! 」NHK出版。17世紀から現代までの主なフランス文学作品を取り上げて、あらすじ、講義、現在の視点、翻訳書ガイド、おさえておきたいフレーズの仏日対訳まで含めてなんと1作品わずか10ページ。鹿島先生さすがの離れ業です。挿絵本でお馴染みの「クレーヴの奥方」「マノン・レスコー」など24作品が取り上げられています。完読した人の少ない「失われた時を求めて」も入っているので、一冊読めばにわかフランス文学通を気取ることも可能です。

挿絵本のテキストには、今も変わらず読み継がれている「風車小屋便り」や「青い鳥」がある一方で、今では忘れ去られた作家ルネ・ボアレーヴやジョルジュ・デュアメルの作品もあります。アナトール・フランスも手頃な翻訳本が見つからず「我が友の書」などは大正12年発行の小冊子を手に入れて読みました。それもまた挿絵本の楽しみのひとつかも知れません。

 

今日の2冊 : ピエール・ルイス著、生田耕作訳「ビリチスの唄」1986年、サバト館刊 / 鹿島茂著「フランス文学は役に立つ!」2016年、NHK 出版刊。

「愛書家クラブ」という贅沢 ・・・ ディナーも付いてます

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出版記念のディナーメニュー / 左2点 「エルネスティーヌ」 、 右2点 「ビリティスの歌・完全版 (ファクシミリ) 」

以前、手に入れた限定私家本に挿絵入りのディナーメニューが付いていて不思議に思ったことがあります。その後 ” エルネスティーヌ ” の上位トリアージ版を手に入れて謎が解けました。スイートセットと共についていたメニューには愛書家クラブの名前と日付、そしてタイトルに ” エルネスティーヌのディナー ” と明記してあったのです。加えて各メンバー宛にマルティ自筆の献辞が添えてありました。もちろん表紙はマルティのオリジナル銅版画です。

つまり、多くの愛書家クラブでは出版時にパーティ、ひらたく言えば「打ち上げ」を開き、ディナーには当の挿絵画家のオリジナル作品をあしらったメニューを配るというのがお決まりになっていたのですね。なんとも優雅な作法です。今から見ると一種のスノビズムとも受け取れますが、こんな遊び心があったからこそ豊かな発想が出来たのかも知れません。何よりも、残された美しい書物がそれを物語っています。

 

 



 

 

 

 

“ Meilleurs voeux ”   “ クリスマスと新年のお慶びを申し上げます ”

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画像はマルティ夫妻のプライベートなクリスマスカード兼年賀状です。どれも13cmX11cmくらいのリトグラフや銅版画で “ 小さいものの巨匠 ” らしい魅力にあふれています。このカード、限定私家本に付いていることが時々あるので、オマケとしても使われたのでしょう。
記番によると200枚程度刷られたようですが、無記番や分母の異なる記番(再刷か?)もあるようで正確なところはわかりません。

手元にある一番古いものは1937年、新しいものは1964年です。1937年版では “ A.E.マルティ ” の単名になっているのでまだ独身だったのか?と思いきや、とっくに子供もいたようです。彼の人生を垣間見るようですね。

一方1964年までの間にはパリがナチスドイツに占領され、フランスは丸ごと国体を失いかけた時期もありました。そう考えると、変わらないアートの営みがとても貴重なものに思えてきます。

世界史に残る特異な一年がまもなく暮れようとしています。皆様どうぞ健やかにクリスマスと新年をお迎えください。

 




 

“ ミュッセの主人公 ”  イリュストラシオン1931年クリスマス号

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上段 : 原画(オフセット印刷)  / 下段 : ポショワールによる挿絵   ミュッセ全集

ピアッツァ社の「マルティ挿絵版ミュッセ全集」が刊行される直前、絵入り新聞イリュストラシオンの1931年クリスマス号に「ミュッセの主人公について」という記事が載りました。タイミングといい、マルティの挿絵が貼り込まれていることといい、出版に先駆けたプロモーション記事であることは間違いありません。

面白いのは掲載された15点の挿絵で、見慣れたポショワール挿絵とは微妙に違っています。カラーオフセット印刷で、どうやら原画から製版したもののようです。結びには「これらのマルティ作品には、まもなく出版されるミュッセ全集でお目にかかれる」と記されています。

出版されたポショワール挿絵を見ると、忠実に版画化されているものもある一方、大胆に改変されているものもあります。Don Paez などは輪郭も楕円に変わり、背景の建物もシルエットになっていて明らかに挿絵としての効果は高くなっています。

これらの原画が下絵ではなくマルティの最終稿だとすると、職人たちは原画を尊重しながらも、自らのセンスと技量で挿絵をさらに魅力的にしていたことが分かります。原画から直接写真製版する現代とは違い、この時代は画家と版画職人というアーティスト同志のコラボレーションが存在したのでしょう。

ほんの90年前のことですが、現代とは違う出版文化が生きていたのは興味深いですね。 

 

今日の2冊 : イリュストラシオン1931年クリスマス号 / アルフレッド・ド・ミュッセ全集1932~36年、ピアッツァ社刊。

  

 

" 召喚 " されたルネッサンス美女たち    「バーデンの浴場」G.バルビエ

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上段 : バルビエ挿絵「バーデンの浴場」/ 下段 : 左3点 クラナッハ、右端 ラファエロ

バルビエのファイルには時空の異なるたくさんの様式がストックしてあったに違いありません。テキストに合わせて自由に様式を選び、イメージのおもむくままにバルビエワールドを創り上げたのでしょう。

「ビリティスの歌」ではギリシャ、「ミイラ物語」ではエジプト、「危険な関係」や「艶なる宴」ではロココ、さらにはシノワズリーやジャポニズムまで。時代も国も自由自在です。それにしても一度バルビエの挿絵で「お菊さん」を見てみたかったなあ。

今日の一冊は、今では忘れられた作家ルネ・ボワレーヴの「バーデンの浴場」です。ここに召喚されているのはロココ美女ではありません。ロココ美女は裸になると大抵はしゃぐか、さもなければ寝そべっています。全裸でスックと立ち、見るものが困るようなポーズをとっているのは明らかにルネッサンスの美女たちです。

バルビエのファイルにはラファエロボッティチェリそして何よりクラナッハが数多くストックされていたものと思われます。

ジョルジュ・クレス社から出版されたバルビエの挿絵本3点はいずれも単色や2~3色の板目木版画ですが、ポショワールとはひと味違う力強さが魅力です。中でもこの「バーデンの浴場」は美女や不思議なクリーチャーが数多く登場して楽しめます。

 

今日の1冊:ルネ・ボワレーヴ著「バーデンの浴場」1921年、ジョルジュ・クレス社刊。

 

 

 



 

 

 

 

" 愛書家クラブ " という贅沢

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上段 : 湯川72倶楽部、1986年刊 村上春樹 「中国行きのスロウボート」 / 下段 : ラテンアメリカ愛書家協会、1926年刊 ジェラール・ドゥーヴィル 「誘惑者」 A・E・マルティ挿絵

 

挿絵本の発行元として時折 ” LES BIBLIOPHILES DU ~ " と記されていることがあります。訳すと「 ~ の愛書家達 」 となりますが、いわゆる読書研究会ではありません。書物好きが集まって作家や挿絵画家を選定し、好みのスタイルでプライベートな限定本を発行する一種の頒布会です。

少ない例ですが、日本でも 1980年代 " 湯川72倶楽部 " という愛書家クラブがありました。当初の会員が70名、それに著者用の2冊を足した合計の発行部数が " 72 " の由来だそうです。画像上段は赤い総革装がかわいい村上春樹の小型本で、今も古書市場で人気です。

本家フランスでは19世紀から現代まで、分かる限りでも30以上の愛書家クラブが存在し、特に1920~1930年代は盛んだったようです。中には " フランス自動車クラブ愛書家サークル ” などというのもあって、想像するに、超高級車ブガッティやドライエのオーナーで本好きの連中が集まって好みの限定本を発行したのでしょう。なんだかアゼンとするような贅沢ですね。日本とは違い、未綴じのまま配本して各オーナーが自分好みの装丁をオーダーしました。

なかでも有名なのは " ラテンアメリカ愛書家協会 " で、ラテンアメリカになんらかの関わりを持つ文化人、政治家、外交官など会員数100名からなる愛書家クラブです。1926年から1964年まで、マルティ、バルビエ、シュミットなどの挿絵で豪華な限定私家本を発行しました 

画像下段は第一回発行の「誘惑者」で、会の創設者ラ・ロシュフコー伯爵に配本された記番1番です。右端はその会員証で、バルビエの稀少本を担当したF.L.シュミットによるデザインと木版刷りという贅沢ぶりです。

愛書家クラブの限定本は多くの場合部数も少なく記録もあまり残っていないので、巡り会いを待つしかありません。しかし手にすると、いにしえの愛書家と夢を共有できるという楽しみがあります。