青い鳥

アール・デコ挿絵本の魅力を思いつくまま

A・E・マルティ 挿絵本ランキング BEST10

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第二段左から「フローラの王冠」「誘惑者」「エルネスティーヌ」/  第三段左から「雅歌」「エローとレアンドル」「君と僕1939年版」/  第四段左から「青い鳥」「風車小屋便り」「愛のしずく」「シルヴィー」 

 

挿絵本に限らずですが、一人のアーティストの全作品を年代を追って見るというのはなかなか面白いものですね。年齢や流行によって作風が変わる場合もありますが、なかにはシルヴァン・ソヴァージュのように、仕事内容によってそのつど作風を使い分ける器用なアーティストもいます。

マルティの場合は、1924年の「神話の情景」から1957年のピエール・ド・ロンサールの三部作に至るまで作風は驚くほど変わりません。挿絵そのものははどれも高水準です。一方で挿絵本としての出来、不出来は多少見られます。その要因の多くは画家、版画職人、作家、版元の四者の関係によるものでしょう。
 たとえば、「聖ヨハネ祭の夜」は夜の情景が美しい挿絵本ですが、人物の造型がいつもとは少し違うようです。木版職人の個性がマルティの持ち味とは違っていたのかもしれません。「三つの物語」ではその中の二つの物語について、フロベールのテキストとマルティの世界観が異なっているように思えます。またプロデューサーたる版元との関係、つまりは予算上の制約については〈残念な一冊〉で何度か紹介した通りです。

先にノミネートした21点は、どれもこの四者のコラボレーションによる幸福な結実といえるでしょう。

さて、それではここで “ 極私的マルティ挿絵本ランキング ” BEST 10を・・・

1.「フローラの王冠」 / 2.「誘惑者」 / 3.「エルネスティーヌ」 / 4.「雅歌」 / 5.「エローとレアンドル」 / 6.「君と僕 1939年版」 / 7.「青い鳥」 / 8.「風車小屋便り」 / 9.「愛のしずく」 / 10.「シルヴィー」

結局、ジェラール・ドーヴィルテキストのワンツーは不動でした。同時代の人気アーティスト同士なので挿絵とテキストの親和性も申し分ありません。挿絵の完成度と数、吟味された紙、タイプフェースやレイアウトに至るまで、文句無しの傑作です。著者とのコラボ作品ということと、「小さいものの巨匠」という称号に敬意を表して「フローラの王冠」を1位とします。

3位は僭越にも私がマルティに献じたもうひとつの称号「光と影の巨匠」にも敬意を表して「エルネスティーヌ」。陰影の美しさに加え、挿絵27点のほとんどが主役級というのも驚きです。愛書家クラブの私家版だけに紙質やレイアウトも洗練されています。姉妹作品ともいえる「その日限り」との差は挿絵の数だけ。

4位には縦長の大判を生かした「雅歌」を。色刷りの木版にポショワールを重ねることで水彩のような豊かな表現を見せています。マルティの中大判挿絵本はこの時期に集中していますが、その中でもこれは、レイアウトやタイプフェースなどのブックデザインが最もよくまとまった作品です。5位には「エローとレアンドル」。「神話の情景」と並ぶエッチング挿絵本の名作です。象徴的な表現や工夫された挿絵の配置など、完成度の高さで選びました

6位からはピアッツァ本を3点。挿絵そのものは「七宝とカメオ」を加えた4作品に甲乙はつきません。ここでは、各章のタイトル飾りを挿絵に仕立てたアイデアの素晴らしさで「君と僕1939年版」を6位、高度な本文組込み挿絵が見事な「青い鳥」を7位、そして見開き2ページの組み込み挿絵が迫力ある「風車小屋便り」を8位とします。

9位には情感豊かなリトクラフ挿絵の「愛のしずく」。フルページ挿絵は20葉ですが、これがもう少し多ければ上位間違いなしです。ギリシャ語との対訳形式が面白い「サッフォー」はマルティ最大の版型をまとめあげた力作ですが、もう二回りほど小さければランクインでした。これはごく個人的な好みかもしれません。10位は小型本の「シルヴィー」。挿絵を楕円のフレームで統一し、視線をピンポイントに集めたマルティの技が冴えています。スミ版をフォトタイプにする一方、ポショワールの色数を十分に使うことでミニアチュールのような美しさを出しています。こちらは版元の工夫でしょうか。

 年代を追って60点近くの作品を見てくると、マルティが挿絵本というものに極めて自覚的な画家であったことがわかります。テキストを解釈し、挿絵で再創造をすることはもちろんですが、挿絵の配分、さらにはレトリーヌやタイポグラフィといった造本の実務にも深い見識がうかがえます。この点、バルビエがシュミットという造本アーティストと組んでハイエンドな挿絵本を生んだのとは対照的です。そのバルビエに比べて、同格の巨匠でありながらコスパ良く作品を楽しめるというのもまたマルティ挿絵本のありがたいところです。コスパなどという愛書家にあるまじきコメントをもって、この稀有な挿絵本アーティストのベスト10選出の結びとします。(完)

 

大型連休は “ コッペリア ” 三昧

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左は “ カンパニーDECOBOCO ”、右は “ 新国立劇場バレエ団 ” の公演パンフレット

 

マルティ挿絵本のBEST10を予定していましたが、急遽新ネタを挟みます。

緊急事態発令中の大型連休は “ コッペリア ” 三昧でした。新国立劇場バレエ団は予定していたローラン・プティ振り付けのコッペリアを、四公演とも無観客生配信で敢行。しかも無料YOUTUBE 。さすが国立 !! 太っ腹です。

研ぎ澄まされた中にもどこかコミカルなローラン・プティ特有の振り付け、完璧にカラーコーディネイトされた衣装とセット、群舞、いずれも見事でしたが、とりわけ中島駿野の演じる、ダンディでコミカルで悲哀に満ちたコッペリウスは出色の出来でした。長身と洗練された手の動きが印象に残ります。ファースト・アーティストからの抜擢ですが、今後が楽しみです。

一方、宝塚の実力バレエ団 “ カンパニーDECOBOCO ” は25日に予定していた公演を、発令前日の24日に前倒しする力業で上演。こちらはおもちゃ箱のようなカラフルで楽しい舞台でした。見どころはバレエ団オーナーの子息にして2019年ローザンヌ4位入賞の脇塚優。弾けるような笑顔とジャンプが魅力です。新国立のプリンシパル達を凌ぐジャンプ&ターンを見せてくれました。パ・ド・ドゥの精度が上がれば完璧なフランツです。

というわけで今週は “ コッペリア ” 三昧の連休でした。

次回はいよいよマルティ挿絵本 BEST10 を!!




 

A・E・マルティ 挿絵本ランキング (その5 )

〈 印刷による挿絵本 〉

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上段左から二点「聖書物語」、上段右と下段左「愛の詞華集」、下段中と右「現代育児学の諸相」

 

「印刷」とひとくくりにしていますが、ジャンルは子供向けの絵本、実用書、そして文学作品とさまざまです。面白いのは子供向けの絵本や育児、教育関係がとても多いことです。作風からおのずとそうなったのでしょうが、マルティの意向もあったに違いありません。絵本の「カリスト」などはマルティ自身がテキストを書いています。

ノミネートは、絵本からは水彩原画をオフセットで美しく再現した「聖書物語」。文学からはピエール・ド・ロンサールの「愛の詞華集」。フォトタイプ印刷の挿絵ですがオリジナルのリトグラフがよく再現されています。そして実用書からはカラーグラビアによる「現代育児学の諸相」。育児学の専門書ですがマルティの母子像が傑作です。なおこの本にはルパープの別丁挿絵も付いていて、実用書にしてはずいぶん挿絵が充実しています。以上3点をノミネート。

ノミネート以外にも、絵本では見開き2ページにわたる本文組み込み挿絵が見事な「天地創造」、文学では本文7ページの小品ながらシルエットの挿絵が印象的な「傷心」など味わい深い作品があります。どちらもカラー凸版の力強い挿絵です。 

 

〈 残念な一冊 カリスト

予算不足からかモノクロになっています。この作品の場合、モノクロの方が味わい深いということもありません。彼自身のテキストで、原画も構成も良いだけにやはり残念です。

次回はいよいよBEST10を!

(つづく)



 

A・E・マルティ 挿絵本ランキング (その4 )

〈 第3ゾーン モノクローム版画挿絵本 〉

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上段左から「神話の情景」「エローとレアンドル」「エルネスティーヌ」/ 下段左から「その日限り」「愛のしずく」「サッフォー」

 

ここにはサッカーワールドカップで言うところの “ 地獄のグループ ” さながらに、銅版画やリトグラフといったコストのかかる挿絵技法の秀作がひしめいています。その多くは愛書家クラブの私家版で、吟味された紙、洗練されたタイプフェースやレイアウトで一冊ずつ予約購入者の名前まで印刷されています。

銅版画、リトグラフ、木口木版画、どれもマルティ特有の光と影の美しさを存分に味わえる挿絵本です。

まずはエッチングの挿絵本から「神話の情景」と「エローとレアンドル」。影を消して非日常の神話的世界を浮かび上がらせています。アクアチントとエッチングの挿絵では、逆光の幸福感に満ちた「エルネスティーヌ」と夜の情景が美しい「その日限り」。ともに愛書家クラブ版で、対をなすような作品です。リトグラフでは物語性豊かな「愛のしずく」とマルティには珍しい大判の「サッフォー」。以上6点をノミネート。いずれもタイプフェースやレイアウト、紙質などもよく吟味された上質な挿絵本です。

この他にも、本文数ページながら手漉き紙とエッチング挿絵で画文集のような趣の「アプシス」、コンパクトなアクアチントの挿絵が魅力の「メレアグロスの詩」、普及本ながら木口木版による素朴な子供の情景がかわいい「我が友の本」(アナトール・フランス全集)など魅力ある作品がたくさんあります。

 

〈 注目の一冊「グニドの神殿」 〉

希少本揃いの銅版画挿絵本の中では珍しく1500部発行された作品で、古書市場に多く出回っています。アクアチント + エッチングの挿絵の出来も良く、マルティお得意の神話的世界を手軽に味わえます。上位トリアージには手梳きオーベルニュ紙刷りがありますが、挿絵そのものは通常版のアルシュ紙刷りでも変わらず楽しめます。

 

次回は印刷による挿絵本を取り上げます。( つづく)



 

A・E・マルティ 挿絵本ランキング (その3 )

〈 第2ゾーン ポショワール挿絵本 / 2000部未満 〉

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上段左から「誘惑者」「フローラの王冠」「雅歌」/ 下段左から「エレーヌへのソネット」「アフロディテ」「シルヴィ」

 

ここは高級挿絵本のゾーンです。挿絵の質と量はもちろんですが、タイプフェース(活字体)や飾り罫を含むグラフィック、紙質、パッケージに至るまで スペシャルティが求められます。ポショワールの工房も一流どころです。

希少挿絵本といえばバルビエの「ビリティスの歌」がよく知られていますが、マルティでは「誘惑者」「フローラの王冠」がそれに当たるでしょう。「誘惑者」は愛書家クラブ  “ ラテンアメリカ愛書家協会 ” の私家版で、銅版とポショワール彩色による贅を尽くした挿絵本です。片や「フローラの王冠」は、花暦風の詩に木口木版とポショワールで挿絵を付けたコンパクトな豪華本で、マルティと作家ジェラール・ドゥーヴィルのコラボ作品です。ともにテキストとの親和性も申し分ありません。

「雅歌」とピエール・ド・ロンサールの三部作(「カッサンドルの恋歌」「マリアの恋歌」「エレーヌへのソネット」)はどちらも中型の版型を美しくまとめ上げたブックデザインとパッケージが見事です。挿絵も色刷り木口木版とポショワールの併用と思われる、水彩画のような豊かな色彩になっています。

物語性のある挿絵と木目のパッケージが美しい「アフロディテ」と小型本の良さを生かした「シルヴィ」を加えた6点をノミネートします。

このゾーンには他にも中型の挿絵本があります。マルティのことですから挿絵はどれも魅力的ですが、今回は紙質やブックデザインも含めたトータルの作品として評価しました。

 

〈 残念な一冊 「ビリティスの歌」〉

バルビエを始め多くの画家が挿絵を描いているテキストです。ここではオールテキスト(フルページ挿絵)12点で構成されていますがマルティを起用するなら、もっと多くの挿絵やレトリーヌ(飾り文字)をあしらい、極上の紙質でハイエンドな企画にすれば、バルビエ版と並ぶ名作になっていたでしょう。挿絵が良いだけにとても残念です。

 

次回はモノクロームの銅版画やリトグラフによる挿絵本を取り上げます。(つづく)

A・E・マルティ 挿絵本ランキング (その2 )

 〈  第1ゾーン ポショワール挿絵本 / 2000部以上 〉

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上段左から「青い鳥」「君と僕 1939年版」「七宝とカメオ」 /  下段左から「風車小屋便り」「ミュッセ作品集」「ペレアスとメリザンド

 

ここは挿絵本のボリュームゾーンです。多くの出版社がフランス文学のスタンダードをテキストに挿絵本を出しました。中でもピアッツァ社は有名です。他社より一桁多い発行部数でコストを吸収し、その分ポショワールのグレードを上げて魅力的な本を出版しました。部数が多い分、古書価格も低いので100年後の愛好家にとってもありがたい出版社です。

そんなピアッツァ社からは、高度なテキスト組み込み挿絵が美しい「青い鳥」、各章の装飾挿絵がユニークな「君と僕 1939年版」、優美な挿絵と装飾模様が華やかな「七宝とカメオ」、見開きいっぱいの挿絵とレトリーヌ(飾り文字)が魅力的な「風車小屋便り」、そして全12巻で挿絵もボリュームたっぷりの「ミュッセ作品集」、以上5点をノミネートします。

もう一点、マプモンド社から「ペレアスとメリザンド」。物語性豊かな49点もの挿絵が美しい作品です。

このゾーンに名作が多いのもマルティの特徴です。ノミネート以外にも「キャンディド」「マノン・レスコー」やピエール・ロチ全集の「子供の物語」など魅力的な作品が揃っています。

 

〈  残念な一冊「ランジェ侯爵夫人」〉

銅版画 + ポショワールという凝った技法の挿絵本ですが、あるいはそのためか挿絵は5点のみ。オールテキスト(フルページの挿絵)だけで構成するならせめて12点は欲しいところです。

 

次回は部数2000部未満のポショワール作品を取り上げます。(つづく)

 

A・E・マルティ 挿絵本ランキング (その1 )

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シャルル・ド・ゴール空港で足止めをくっていた一冊が三週間ぶりに届きました。待望の一冊です。これでめでたく、A.E.マルティの挿絵本59点をすべて手にすることができました。引き続きの目標は、トリアージや装丁によってコレクションを入れ替えていくというもので、こちらは当分終わりそうにありません。
コレクターとしてはどの作品にも愛着はありますが、今回は目標達成を記念してマルティ挿絵本のベスト10を選出してみましょう。彼の場合、挿絵そのものの出来、不出来はあまりありません。ここでは挿絵本自体をアート(作品)でありプロダクト(製品)であると見て、その魅力度を評価してみたいと思います。

評価の項目は、挿絵の質と量、テキストとの親和性、レトリーヌ(飾り文字)やタイプフェース(活字体)を含むブックデザイン、スリップケースやカバーといった出版時のパッケージなどです。トリアージ(紙ランクなど)は考慮せず一作品一点として扱います。なおテキストの内容や個々の装丁は評価対象としません。

本来は一作品ずつ論評していくべきでしょうが、そうすると本一冊分にもなってしまいます。そこは脳内で済ませることとして、ここでは技法と発行部数で分けた4ゾーンからのノミネートで始めることにします。

第1ゾーン / ポショワール彩色(2000部以上)。第2ゾーン / ポショワール彩色(2000部未満)。第3ゾーン / モノクローム版画(エッチング、アクアチント、リトグラフなど)。第4ゾーン / 印刷(オフセット、グラビア、フォトタイプなど)による挿絵、の4ゾーンです。

次回はまずマルティ挿絵本のボリュームゾーンとも言うべき、大部数のポショワール挿絵本を取り上げます。

(つづく)