青い鳥

アール・デコ挿絵本の魅力を思いつくまま

熊川哲也 Kバレエ カンパニー “ 白鳥の湖 ”

f:id:kenta1930:20210328075328j:plain
f:id:kenta1930:20210328075354j:plain
f:id:kenta1930:20210328075422j:plain

画像はKバレエ カンパニー公演パンフレット

 

Kバレエ カンパニー3月の公演は「白鳥の湖」でした。あまりに王道のレパートリーですが、それだけに新しい発見もあって楽しめました

プリンシパルソリスト小林美奈が、清楚というよりむしろ妖艶なオデットとひたすら邪悪なオディールを演じ分けて見事でした。同じく表現力豊かな山本雅也を相手に、濡れ場のような濃いパ・ド・ドゥを見せてくれました。杉野慧のロットバルトも迫力の中に繊細な表現が見られて好演でした。さらに狂気や邪悪さが加わればいっそう見応えが増すことでしょう。宮尾俊太郎の、王子なぞ一瞬で食い殺してしまいそうなロットバルトを思い出します。

創立以来のメンバーたちが卒業した後、移籍入団の日髙世菜を含む今回の主役たちがこれからのカンパニーを支えていくのでしょう。スムースな世代交代を果たした熊川人事が冴えています。熊川哲也といえば、弱冠20代にして英国ロイヤルバレエのプリンシパル仲間を引き連れ、日本でのセルフ・プロデュース公演を打ったやり手です。仲間にはあのアダム・クーパーもいました。きっとニジンスキーとディアギレフの両方から祝福された人なのでしょう。

アール・デコの “ それから ”  G・ルパープ

f:id:kenta1930:20210305125052j:plain
f:id:kenta1930:20210305124628j:plain
f:id:kenta1930:20210305124704j:plain
f:id:kenta1930:20210305124801j:plain
f:id:kenta1930:20210305124726j:plain
f:id:kenta1930:20210305124824j:plain
f:id:kenta1930:20210305124853j:plain

以前、 “ あの人は今 ” というバラエティ番組がありました。かつての人気者の今を覗き見るという失礼な番組です。考えてみれば、世の “ 流行りすたり ” に比べて人生の方が長いのは芸能界に限らず厄介なことですね。アール・デコのスター達は大流行の後をどう過ごしたのでしょう。

バルビエとマルタンは流行の終焉と時を同じくして没しました。若死にですが人気アーティストとしては幸せだったかもしれません。マルティは1974年に亡くなるまで同じスタイルで人気を保ちました。彼の本質は流行としてのアール・デコスタイルとは無縁だったのでしょう。ブルネレスキは持ち前の華やかな色使いとデッサン力で高級ポルノ挿絵の人気者になりました。

さてルパープはというと、ポール・ポワレに見出だされてアール・デコのファッションイラストを確立した当人だけに、その後の変身は容易ではなかったようです。後期の作品に見られる過剰なデフォルメは我々を戸惑わせます。しかし、それにしては彼は挿絵本の仕事をたくさんこなしました。シビアなパリの出版界が過去の名声だけで発注を続けたとは思えません。

彼の挿絵の魅力はその大胆な構図と人物のポージングにあります。バルビエがニジンスキーのダイナミックな動きの一瞬を切り取ったのに対し、ルパープの場合は対象の人物に大胆なポーズをとらせているのです。モデルがランウェイを進み、一瞬立ち止まって見せるあのポーズです。とてもわざとらしくて、それでいてオシャレなあの人工的なポーズこそが彼の得意技なのです。これは初期のファッションイラストの時代から変わっていません。この場合、背景を描き込むとそのわざとらしさが悪目立ちしてしまいます。画面一杯に描き込むオールテキスト(フルページの挿絵)より背景が白く抜けたヴィニェット(本文に組み込まれた挿絵)の方が生き生きと見えるのです。

 1940年代後半になると彼の持ち味を生かした挿絵本が多く出版されました。この “ 君と僕 ” もその一つで、美しいタイポグラフィとマッチしてとてもオシャレな作品になっています。

 

今日の一冊 : ポール・ジェラルディ著「君と僕」1947年、イル・ド・フランス社刊。

 

お薦めの一冊「七宝とカメオ」A・E・マルティ

f:id:kenta1930:20210206160045j:plain
f:id:kenta1930:20210206154803j:plain
f:id:kenta1930:20210206154620j:plain
f:id:kenta1930:20210206155318j:plain
f:id:kenta1930:20210206154556j:plain
f:id:kenta1930:20210206155300j:plain
f:id:kenta1930:20210206155650j:plain
f:id:kenta1930:20210206154534j:plain

たまたまブログを見たアンティーク好きの旧友からメールで 「アール・デコ挿絵本なるものを一冊手に入れてみたいがお薦めは ? 」とのこと。ウーン一冊だけとなるとこれは意外に難しい !

手始めはポショワール彩色の挿絵本がいいでしょう。なんといってもアール・デコとともに栄えて滅んだ幻の彩色技法です。画家は二大巨匠のバルビエかマルティか。ただバルビエから選ぶとなると、相場数十万円の「艷なる宴」か美本双書の4冊になります。1000円以上の本は高い ! と思い込んでいる一般人に薦めても正気扱いされないでしょうからやめておきます。

ここはやはり選択肢の多いマルティ、なかでもピアツツァ書店本を候補に。発行部数が多いのでポショワールの質が高いわりにお手頃です。物語性豊かな “ 青い鳥 ” 、見開きいっぱいの本文挿絵が見事な “ 風車小屋便り “  、ロマンチックな挿絵と装飾性が魅力の “ 七宝とカメオ ” などそれぞれお好み次第ですが、友人には “ 七宝とカメオ ” を薦めておきました。本文の挿絵もさることながら、仮綴じの表紙絵が優美なのも魅力です。発行部数も多いので、仮綴じも美しく装丁したものも多く出回っています。

これを機会にポショワール彩色が気に入れば他のピアツツァ本をゲットするもよし、マルティ特有の陰影の美しさが気に入ればエッチングやアクアチントの挿絵本に向かうもよし。そのうち彼がトリアージがどうしたとか局紙刷りでなければなどと “ うわ言を ” 言い出して、限定挿絵本の泥沼にはまり込んでいくのを楽しみにするとしましょう。

 

今日の一冊 : 「七宝とカメオ」1943年、ピアツツァ社刊。

愛書家たちの名残り

f:id:kenta1930:20210104132956j:plain
f:id:kenta1930:20210104142322j:plain
f:id:kenta1930:20210104142214j:plain
f:id:kenta1930:20210104142230j:plain
f:id:kenta1930:20210104133112j:plain

 上段左 / 「風車小屋便り」と絵はがき。上段右 / 「聖書物語」とクリスマスカード。下段左 / 「誘惑者」。下段右 / 綴じ込まれていたジェラール・ドゥーヴィルからラ・ロシュフコー伯爵への書簡。

 

挿絵入りのミュッセ作品集を手に入れたときのこと。大きな国際小包を開き、スリップケースから取り出してページをめくると、パリパリと天金が切れる手応えがありました。なんとこの本は装丁されてから一度も開かれたことがなかったのです。ページからは紙とインクの匂いが立ってきます。美しい装丁を誂えて一度も開かなかったお金持ちの前所有者に思わず感謝した次第です。きっとこの作品集は、80年ものあいだインテリアとして豪華な書斎を飾っていたのでしょう。それはそれで結構なことですね。

一方で、持ち主の気配を濃く感じる本もあります。モロッコ革コーネル装の「風車小屋便り」には風車の未使用絵はがきが挟まれていました。モノクロームなので出版と同時代のものでしょう。プロヴァンスを旅した所有者がちょうどいいやとばかりに栞がわりにしたのかもしれません。ひと年取った物静かな紳士の姿が浮かびます。

子供向けの「聖書物語」には素朴なクリスマスカードがついていました。裏には幼い字でプレゼントのサインがあります。友達からの贈り物でしょうか。本も痛んでいないので持ち主はきっとお行儀のいい女の子だったのでしょう。

目に見えるものばかりではありません。深紅のアールデコ装丁の「ロンサール・愛の詩集」にはエキゾチックな香水の名残りがありました。どんなレディがページをめくったのでしょうね。

なかには素性のはっきりしたものもあります。美しいモロッコ革装の「誘惑者」に綴じられていたのは著者ジェラール・ドゥーヴィルからの手紙です。クロスライティングという縦横重ね書きの流れるような筆跡には、才気あふれるレニエ夫人(筆名ジェラール・ドゥーヴィル)の姿が浮かびます。受け取った手紙を丁寧に綴じ込んだ趣味人の貴族の気遣いも感じられます。

いにしえの愛書家たちの息吹を感じるのも挿絵本コレクションの楽しみのひとつです。

アンドレ・プットマンあるいは       ポストモダンとしてのアール・デコ

 

f:id:kenta1930:20210105122328j:plain
f:id:kenta1930:20210105122348j:plain
f:id:kenta1930:20210105122514j:plain
f:id:kenta1930:20210105122544j:plain
f:id:kenta1930:20210105122428j:plain
f:id:kenta1930:20210105122442j:plain
f:id:kenta1930:20210105122456j:plain
f:id:kenta1930:20210105122414j:plain

 バブル華やかな頃、ある億ションの内覧会に参加したことがあります。もちろん冷やかしですよ。もともと買う気はないというか、たとえ気はあっても・・・まあそれはともかく、お目当てはアンドレ・プットマン設計という触れ込みのインテリアでした。行ってみると、彼女が手掛けたエントランスロビーは確かに魅力的でしたが他のスペースはすべてゼネコンの社内設計で、バブル日本の底の浅さを見る思いでした。

アンドレ・プットマンは1980~90年代に活躍したフランス出身のカリスマデザイナーです。“ 予算があるならプットマン ” とばかりに、ホテル、ブティック、レストラン、美術館などがこぞって彼女にラグジュアリーなインテリアを発注しました。サンローランやラガーフェルドのブティック、さらには超音速機コンコルドの内装まで手掛けています。  

どちらかというとポップで軽いポストモダンのデザイン群にあって、彼女の持ち味は異彩を放っていました。モザイクタイル、大理石、マホガニーといった贅沢な素材による幾何学的な造形はまさしくアール・デコそのものです。独特の硬質な豪華さは、それまで長く続いた無機的かつ “ 民主的 ” なモダンデザインに飽き飽きしていた贅沢好きの人々をひきつけました。

明確な “ イズム ” を持つには至らなかったポストモダンのムーブメントの中で、彼女が示したアール・デコの再解釈はこれからも贅沢なインテリアの主流であり続けるでしょう。

“ 集めた本を読むわけがない ”

f:id:kenta1930:20201214123734j:plain
f:id:kenta1930:20201214123338j:plain
f:id:kenta1930:20201214123324j:plain
f:id:kenta1930:20201214123747j:plain
f:id:kenta1930:20201214123407j:plain
f:id:kenta1930:20201214123423j:plain

上のタイトルは鹿島茂著「それでも古書を買いました」の見出しです。挿絵本も同様で、コレクターにとってそれらは一種の美術品か西洋骨董であって、決して読書のツールではあリません。もちろん同時代の愛書家たちも読むために高い挿絵本を予約したわけではないでしょう。。

しかし挿絵本といえども、テキストを全く知らないでは見る楽しみも半減します。挿絵を楽しめる程度には内容を知っておきたいのがコレクターの本音です。そんな方のために二冊ほどご紹介を。なお原文を読みこなす方は別途ご随意にしていただくこととして・・・

まずは挿絵本の最高峰「ビリティスの歌」です。ここは鹿島氏ご推薦の生田耕作訳「ビリチスの唄」サバト館刊(社名の漢字は変換できないのでカナで)。優美なスリップケース、仮綴じ風の装丁、おまけにノトールの挿絵付きでコレクター心をくすぐります。名訳と評判の高い口語体は、拾い読みでも十分に楽しめます。

もう一冊、“ テキストは知りたいが労は惜しむ ” というコレクターにぴったりな一冊を。鹿島茂著「フランス文学は役に立つ ! 」NHK出版。17世紀から現代までの主なフランス文学作品を取り上げて、あらすじ、講義、現在の視点、翻訳書ガイド、おさえておきたいフレーズの仏日対訳まで含めてなんと1作品わずか10ページ。鹿島先生さすがの離れ業です。挿絵本でお馴染みの「クレーヴの奥方」「マノン・レスコー」など24作品が取り上げられています。完読した人の少ない「失われた時を求めて」も入っているので、一冊読めばにわかフランス文学通を気取ることも可能です。

挿絵本のテキストには、今も変わらず読み継がれている「風車小屋便り」や「青い鳥」がある一方で、今では忘れ去られた作家ルネ・ボアレーヴやジョルジュ・デュアメルの作品もあります。アナトール・フランスも手頃な翻訳本が見つからず「我が友の書」などは大正12年発行の小冊子を手に入れて読みました。それもまた挿絵本の楽しみのひとつかも知れません。

 

今日の2冊 : ピエール・ルイス著、生田耕作訳「ビリチスの唄」1986年、サバト館刊 / 鹿島茂著「フランス文学は役に立つ!」2016年、NHK 出版刊。

「愛書家クラブ」という贅沢 ・・・ ディナーも付いてます

f:id:kenta1930:20201103094300j:plain
f:id:kenta1930:20201103095028j:plain
f:id:kenta1930:20201103095042j:plain
f:id:kenta1930:20201103094508j:plain

出版記念のディナーメニュー / 左2点 「エルネスティーヌ」 、 右2点 「ビリティスの歌・完全版 (ファクシミリ) 」

以前、手に入れた限定私家本に挿絵入りのディナーメニューが付いていて不思議に思ったことがあります。その後 ” エルネスティーヌ ” の上位トリアージ版を手に入れて謎が解けました。スイートセットと共についていたメニューには愛書家クラブの名前と日付、そしてタイトルに ” エルネスティーヌのディナー ” と明記してあったのです。加えて各メンバー宛にマルティ自筆の献辞が添えてありました。もちろん表紙はマルティのオリジナル銅版画です。

つまり、多くの愛書家クラブでは出版時にパーティ、ひらたく言えば「打ち上げ」を開き、ディナーには当の挿絵画家のオリジナル作品をあしらったメニューを配るというのがお決まりになっていたのですね。なんとも優雅な作法です。今から見ると一種のスノビズムとも受け取れますが、こんな遊び心があったからこそ豊かな発想が出来たのかも知れません。何よりも、残された美しい書物がそれを物語っています。