青い鳥

アール・デコ挿絵本の魅力を思いつくまま

愛書家たちの名残り

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 上段左 / 「風車小屋便り」と絵はがき。上段右 / 「聖書物語」とクリスマスカード。下段左 / 「誘惑者」。下段右 / 綴じ込まれていたジェラール・ドゥーヴィルからラ・ロシュフコー伯爵への書簡。

 

挿絵入りのミュッセ作品集を手に入れたときのこと。大きな国際小包を開き、スリップケースから取り出してページをめくると、パリパリと天金が切れる手応えがありました。なんとこの本は装丁されてから一度も開かれたことがなかったのです。ページからは紙とインクの匂いが立ってきます。美しい装丁を誂えて一度も開かなかったお金持ちの前所有者に思わず感謝した次第です。きっとこの作品集は、80年ものあいだインテリアとして豪華な書斎を飾っていたのでしょう。それはそれで結構なことですね。

一方で、持ち主の気配を濃く感じる本もあります。モロッコ革コーネル装の「風車小屋便り」には風車の未使用絵はがきが挟まれていました。モノクロームなので出版と同時代のものでしょう。プロヴァンスを旅した所有者がちょうどいいやとばかりに栞がわりにしたのかもしれません。ひと年取った物静かな紳士の姿が浮かびます。

子供向けの「聖書物語」には素朴なクリスマスカードがついていました。裏には幼い字でプレゼントのサインがあります。友達からの贈り物でしょうか。本も痛んでいないので持ち主はきっとお行儀のいい女の子だったのでしょう。

目に見えるものばかりではありません。深紅のアールデコ装丁の「ロンサール・愛の詩集」にはエキゾチックな香水の名残りがありました。どんなレディがページをめくったのでしょうね。

なかには素性のはっきりしたものもあります。美しいモロッコ革装の「誘惑者」に綴じられていたのは著者ジェラール・ドゥーヴィルからの手紙です。クロスライティングという縦横重ね書きの流れるような筆跡には、才気あふれるレニエ夫人(筆名ジェラール・ドゥーヴィル)の姿が浮かびます。受け取った手紙を丁寧に綴じ込んだ趣味人の貴族の気遣いも感じられます。

いにしえの愛書家たちの息吹を感じるのも挿絵本コレクションの楽しみのひとつです。