ポショワールの謎 その2
上段 : ピエール・ド・ロンサール「マリアの恋歌」マルティ挿絵 / 下段 : 挿絵の別刷りと試し刷り二点。
前回、挿絵のカラー部分はポショワールと木口木版の組み合わせらしいと見当をつけました。今回は線画が刷られたグラシン紙を見てみましょう。それにしても何ゆえグラシン紙?ヒントは四隅のトンボ(見当合わせの目印)と糊痕です。どうやらこのグラシン紙は、カラー版の版木や厚紙に貼って版を彫っていく校合摺りだったと思われます。浮世絵と同じ技法ですね。本来なら貼ったまま彫られてしまうのですがなぜか残ったようです。
刷り上がりの線画を見てみましょう。非常に細かいペンタッチが再現されています。木口木版で彫り起こすには無理がありそうです。おそらく写真製版による線画凸版でしょう。色数分を刷りあげて、校合摺りとして使ったと思われます。
それではここで挿絵作成の手順をおさらいしてみましょう。
1. マルティが描いたペン画をもとに写真製版で凸版を作成し、色数分の校合摺りを作る。
2. マルティの水彩画をもとに色を仕訳し、広い色面はポショワール、細かいディテールは木口木版で版を彫る。
3. ポショワールの色版、木口木版の色版、線画凸版(墨版)の順で刷り重ねる。
これが、水彩画のように美しいこの挿絵の秘密です。これで(一挿絵当たり10数色の版) X (一作品当たり30点に及ぶ挿絵) = 数100点、の版を作り、2000部を刷り上げるのですからさぞ大変だったでしょうね。浮世絵の場合は彫師と刷師二人による職人芸ですが、挿絵本の場合はシステム化をしてマンパワーを投入する必要があったはずです。おそらくこれがカラーオフセットの進歩とともにポショワールが消え去った理由でしょう。
まるで見てきたような話をしてきましたが、この三点の資料と「マリアの恋歌」の奥付けから推論してみました。同じような技法はマルティ中期の大型挿絵本「雅歌」や「三つの物語」にも使われています。