青い鳥

アール・デコ挿絵本の魅力を思いつくまま

光と影の巨匠 A.E.マルティ

f:id:kenta1930:20200630174107j:plain
f:id:kenta1930:20200630174613j:plain
f:id:kenta1930:20200630174032j:plain
f:id:kenta1930:20200630174122j:plain
f:id:kenta1930:20200630174140j:plain
f:id:kenta1930:20200630174203j:plain
f:id:kenta1930:20200630174632j:plain
f:id:kenta1930:20200630174221j:plain
f:id:kenta1930:20200630174257j:plain
f:id:kenta1930:20200630174316j:plain

上段「逆光の幸福感」/  ウルスラ・ミル―エ、子供の物語、ミュッセ全集、シルヴィー、エルネスティー

下段「美しい夜の情景」/  青い鳥、アフロディテ、雅歌、シルヴィー、サッフォー

 

 オークションを見ていると、どうやら日本でのアール・デコ挿絵本の一番人気はA.E.マルティのようです。ポショワールからエッチング、木版まで技法も幅広く、発行部数も多いマルティはファンも多いのでしょう。

彼の挿絵はどれも愛らしい子供や女性、欧亜混血風の親しみやすい顔立ち、淡い色彩やトーンなどが一体となってつくりだす " 静かな幸福感 " に満ちています。そこは現実の世界から憎悪や敵意、絶望といったあらゆるネガティブな要素を丁寧にフィルターで取り去った清浄な別世界なのです。たとえ悲劇的な場面でもそれは変わりません。コレクターのA氏はこの別世界を「エレガンスの奥の侘び寂び」と評しています。

読者が見るこの別世界は実はマルティの巧みな光と影の技によって生み出されています。そこにあるのはリアルな光と影ではなく、マルティによって自由自在に再構成された世界なのです。すべての優れた絵画がそうであるように。

たとえば彼が好んで描く逆光の情景では、輝く風景の中で人物は明るく浮かび上がっています。現実には逆光の中では人物は暗いシルエットに沈んでしまい、レフ板を巧みに使ってもこうはなりません。輝く自然とほの明るい人物像が少し非現実的な "静かな幸福感" を演出するという仕掛けです。

夜の情景も彼のお得意です。自然の光が少ない分さらに自由自在に光と影を再構成できるのでしょう。

また、神話の世界ではあえて光と影を消し去って人物だけを白く浮かび上がらせ、神話世界らしい異空間を創り出しています。

現実の光が美しさも醜さもあらわにするのに対し、マルティが再構成した光と影の世界では、人はそこに見たいものだけを見るように仕組まれています。かくして静かな幸福感に満ちたもう一つの世界が出現するというわけです。

光と影の巨匠はその巧みな技によって静かな幸福感を演出し、晩年まで人気を保ち続けました。