青い鳥

アール・デコ挿絵本の魅力を思いつくまま

UNIQUE AU MONDE " 一点もの " 物語 そのⅡ

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ジェラール・ドゥーヴィル著、A・E・マルティ挿絵「誘惑者」1927年、ラテンアメリカ愛書家協会刊

 

【 存在感 】    マーブル紙張りのスリップケースに収まる大ぶりの一冊。ブルーの総モロッコ装にはタイトルの箔押しすらありません。高さ30cm幅8cm、ただならぬ存在感を放っています。

元の所有者はエマニュエル・ド・ラ・ロシュフコー伯爵、アール・デコ期きっての愛書家にして「ラテンアメリカ愛書家協会」の創設者です。自らがプロデュースした第一回発行の「誘惑者」の背に、あえてタイトルなど不必要ということでしょうか。当然、記番は「1番」です。

 

【 豪華なオマケ 】     前後の見返しには3点のエッチング原版が嵌め込まれて、モロッコ革の額縁になっています。加えて水彩原画、ダブルスイート、さらには著者ジェラール・ドゥーヴィルと画家マルティの献辞、と豪華なオマケが満載。

しかしここでの注目は綴じ込まれた二つの資料でしょう。一点は著者ジェラール・ドゥーヴィル(マリー・ド・レニエ)からの手紙。二つ折りの簡易書簡に流れるようなクロスライティング(縦横重ね書き)で出版のお礼が述べられています。もう一点は「貴殿をこの会にお迎えする光栄を・・・」と記されたラテンアメリカ愛書家協会の会員証。銘によるとあの「ビリティスの歌」でバルビエと組んだ F = L・シュミットがデザインと木版を担当しています。なんとも贅沢な会員証ですね。ジェラール・ドゥーヴィル、マルティ、シュミット、ラ・ロシュフコーといった人々が紡ぎだす華やかな物語に圧倒される思いがします。

 

【 運命のオークション 】    ある日、いつものようにオークションのチェックをしていた私は目を疑いました。出るはずのないものが出ていたからです。 A・Eマルティの最高傑作、しかも「1番」。コレクターなら絶対に手放すことのない作品です。少なくとも生きているうちは。そう、おそらくは代替わりで市場に出たのでしょう。ということは今回を逃せばもう二度とこの作品を見ることはないはずです。不安なのは出品者がパリの有名古書店ではなく、聞いたこともない田舎の書店であること。しかし掲載された多くの画像とオークションの保証システムを信じて入札することにしました。

当代きっての挿絵本コレクターである鹿島茂氏が所蔵する「誘惑者」は元ロベール・ド・ロスチャイルド男爵所有の48番。爵位も記番もこちらの方が上、という下品なコレクター根性が背中を押したことは言うまでもありません。

 

【 C 級書店の謎 】   貴重なものほどスムースには届かないというジンクス通り、お決まりの税関トラブルなどを経て無事に書架に収めたあと、私はここに至るまでの経緯をいろいろと調べてみました。出品者は、パリから300キロも離れたフランス中西部の田舎街ジョンセの古書店です。まわりを田園に囲まれたのどかなところです。この書店、ネットカタログを見ると規模こそ大きいものの文学書に混じってスポーツ雑誌も扱うようなC級店で、どう考えても希少本を仕入れて扱うような格ではありません。

 

【 点と線 】    ネットって便利ですね、さらに調べていくと不思議なことがわかりました。このジョンセから東へ約50キロに広大なブリンヌ自然公園があり、その中にミニエという村があります。小道に数件の建物があるだけの小村です。ストリートビューって便利ですね。ここにラ・ロシュフコー伯爵の孫にあたる、その名も同じエマニュエル・ド・ラ・ロシュフコー氏が不動産会社を登記していました。この会社は2017年に登記を抹消されています。さて、ファクト(事実)はここまでです。

 

【 謎解き 】    書店のある田舎街ジョンセとミニエ村は50キロを隔てるとはいえ、間には森と牧草地しかない隣同士です。所有者の孫とその蔵書を扱った書店が無関係とは考えられません。またパリの名門ラ・ロシュフコー家が遠く離れた田舎村で不動産の商売をするはずもありません。この会社はおそらく不動産取引のためのもので、屋敷か城の売却が済んで登記を抹消されたのでしょう。この「誘惑者」はその際、家財とともに近隣の業者に売却を任されたのではないでしょうか。

 

【 新会員 】    古書店を介してとはいえ、推測通りであれば私はこの作品をラ・ロシュフコー家から直接引き継いだことになります。そこで私は 「この記番1番の挿絵本と会員証は、時空を超えて他ならぬラ・ロシュフコー伯爵から譲り受けたものである」と解釈し、ラテンアメリカ愛書家協会の136番会員を名乗ることといたしました。まあ所有者であればこれくらいの妄想は許されるでしょう・・・    おわり