青い鳥

アール・デコ挿絵本の魅力を思いつくまま

UNIQUE AU MONDE " 一点もの " 物語

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ド・ビラン著、A.E.マルティ挿絵「愛のしずく」1954年、著者刊。

 

結局、蔵書自慢になりますがなにとぞご容赦を・・・

さて、アール・デコ挿絵本の多くは限定出版で、一冊ごとに「記番」つまりシリアルナンバーが振られています。とはいっても例えばマルティ挿絵「青い鳥」の2869番と5040番との間に実質的な違いがあるわけではありません。ところがこれがひとケタの記番ともなると様子は変わってきて、まず上位限定の紙(多くの場合和紙)に刷られ、ダブルスイート(挿絵の刷り増し)やさらには原画が付くこともしばしばです。原画は当然一点ものですからその時点でこの本はユニコモンド(この世に唯一の物)としての価値を持ち始めることになります。

ひとケタがあるからには当然1番もあるわけで、ここまでくるとそもそも発行前から購入者は決まっていて、オマケのほうも原画に加えて著者や挿絵画家の献辞などといったレア物になってきます。もはや挿絵本というよりは本の形を借りた著者、挿絵画家、装丁家のコラボによる美術作品と化し、まさにこの世にただ一つの「もの」として輝き始めるのです。さらに美術品の常として背後に様々な物語を秘めることも稀ではありません。

画像はA.E.マルティ挿絵、ド・ビラン著「愛のしずく」の記番1番。リトグラフによるマルティの挿絵が暗い詩情をたたえた名作です。光沢のある和紙刷り、鉛筆デッサンの原画、マルティとド・ビランの献辞、さらには著者自筆の詩の一節、と豪華なオマケが満載です。装丁も漆黒のモロッコ革、背にタイトルと著者名のみというストイックなジャンセニスト装に三方金。見返しは一転して、黒+白革の額縁に金とプラチナの箔押し、スミレ色のサテン生地張り。エレガントこの上ないデザインですがどういうわけか装丁家の銘はありません。

この「1番」、私はドイツの書店から購入しましたが、実はその数年前にピエール・ベルジェの名を冠したオークションに一度姿を現しています。ピエール・ベルジェといえばサンローランの公私にわたるパートナーとしてモードの帝国を築き上げた立役者ですが、二人で集めた莫大な美術コレクションをオークションで売りたてる様子はドキュメンタリー映像でも紹介されました。さて、ファクト(事実)はここまでです。

この一冊がサンローラン所蔵であったという証拠はありません。著者の献辞も彼宛てではありません。そもそも時代が違います。いっぽう、ベルジェのオークションに出たからには無関係との断定もできません。これほどの装丁に銘がないのも不思議です。仮綴じで入手した「1番」をサンローラン自身がディレクションして職人に装丁させたと考えればわかります。いかにも彼好みのデザインです。

すべてはファンタジーですがこんな妄想を可能にさせるほど、この「1番」の持つオーラは圧倒的です。