木口木版の暗闇 「わが友の本」A.E.マルティ
なんだか横溝正史のパロディみたいなタイトルになってしまいました。木口木版は木の切り口(年輪の見える方)を使った版画です。細かい表現が可能なうえ、活字と組んで製版できるので挿絵印刷に広く使われました。一方、高級挿絵本ではポショワール彩色の輪郭線に使われるくらいで単独ではあまり見かけません。アートというより印刷技法のイメージが強いせいでしょうか。
知るかぎり、この「わが友の本」がマルティ唯一の木口木版挿絵本です。単色の木版画がほのぼのとした子供の情景によくあっています。ただ画面が暗くて夜のシーンなど真っ暗闇になっているのが不思議でした。
今回、スイートセット(限定版につける別刷りの挿絵)を手に入れてどうやらその謎が解けたようです。初期に刷られたスイートでは星明りのグラデーションが繊細に出ているではありませんか。何千冊も刷っていくうちに版が摩耗し描線が太くなって、星明りが真っ暗闇になっていったという次第です。
ペア画像の左がスイート、右があと刷りの挿絵です。記番もなく大量に刷られた全集の端本なので簡単に手に入りますが、購入の際は挿絵の暗さもチェックすることをおすすめします。
「ジャン・セルヴィアンの欲望」(エミリアン・デフォ挿絵)とのペア。
今日の一冊:アナトール・フランス全集第3巻「わが友の本/ジャン・セルヴィアンの欲望」1925年初版、カルマン・レヴィ社刊。