青い鳥

アール・デコ挿絵本の魅力を思いつくまま

ポショワールの謎 その1

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下段左から、刷り上がり、輪郭線のスミ版、色版の試し刷り

アールデコ挿絵本の大きな魅力はポショワールという独特の彩色法です。1910年頃に始まり1950年代には消滅してしまいました。ただこの技法、詳しいことがあまりわかっていません。仕組みは簡単で、要は抜き型を使った彩色つまりステンシルなのですが、そう聞いただけではこのデリケートな表現は到底イメージできません。
単に木版といっただけでは浮世絵の繊細な色彩や陰影が思い浮かばないのと同じです。浮世絵の場合は現代まで技術が伝承されていて再現が可能ですが、それよりも新しいはずのポショワールはすっかり幻の技法になってしまいました。

今回は興味深い資料が手に入ったので、ルーペ片手に頭をひねってみました。資料は三点で、出版された「マリアの恋歌」の挿絵と全く同じ完成刷り、周囲にインクのはみ出しがある試し刷り、そしてグラシン紙に刷った単色の線画です。

まずカラーの試し刷りを見てみましょう。完成刷りと比較すると、黒色の線画がないことに加え、色数も若干少ないようです。特徴的なのはビュラン(彫刻刀)の跡があること、そして裏にマージン(凹凸)が出ていることです。ポショワールとは別に色刷りの木口木版が使われたことは間違いなさそうです。これは空にぽっかり浮かんだ月を見ても明らかです。月は白抜きなのでポショワールでは無理でしょう。抜き型を宙に浮かせることは不可能です。木版ならくり抜けばいいだけですね。

 一方で、はみ出したインクにはポショワールらしき刷毛跡が見えます。つまり彩色部分は木口木版とポショワールの組み合わせではないかと考えられるのです。

〈 つづく 〉

昭和レトロ “ 知らないのに懐かしい ”

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上段は西武園ゆうえんち「夕日の丘商店街」、下段は昭和レトロの構成アイテムたち

 

昭和レトロが人気だそうです。古い家電やホーロー看板がネットで取引され、西武園ゆうえんちは昭和レトロのテーマパーク「夕日の丘商店街」をオープンしたとのこと。ホントに大丈夫かな・・・
30年あまりで完結した「平成」を挟むことで「昭和」は心おきなく懐かしめる大過去になったということでしょう。

で、早速YouTubeで「夕日の丘商店街」を覗いてみました。すずらん灯の下に駐車するミゼット(三輪ミニトラック)、ズンドウの郵便ポスト、錆びたホーロー看板、全体にうっすらと古色のついた街並みがなんとも懐かしさを誘います。そうか、この古色が平成、令和世代に「知らないのに懐かしい」を演出する隠し味になってるんですね。セピア色の古写真に残る見ず知らずの街にノスタルジーを感じるのと同じです。

しかしもちろん、当時その街が本当にセピア色だったわけはありません。私自身が遊び回った商店街にもあんな古色はついていませんでした。大売り出しの餅花は鮮やかなピンクで、走り回るミゼットも買ったばかりの電気釜もピカピカ輝いていたし、粉末ジュースは怪しくもケミカルなオレンジ色でした。思えば結構カラフルでキッチュで猥雑な世界です。第一、都会は戦後の復興からまだ数年で、古色のつきようもなかったはずです。

このテーマパーク「夕日の丘商店街」は、古色によって半世紀という時間の距離感 ( ? ) を作り出し、ファンタジーとしての昭和を見せてくれるのです。昭和のファンタジーとリアルの関係は「ALWAYS  三丁目の夕日」と「本当は怖い昭和30年代」を見るとよく分かります。心優しい素直な方には前者を、ひねくれ者には後者をお勧めします。いや、逆の方がいいかもしれませんね。

思い起こせば商店街はキッチュでも、晴れた夏空は青く、雲は白く、朝のラジオ体操はランニングシャツ一枚ではまだ肌寒かった・・・などと書けばまたファンタジーになってしまいそうですがこれはリアルです。

 

 

フランソワ・ポンポン展 瓦屋根の下に集まった動物たち

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 アールデコのインテリアによく似合う優美なシロクマや滑らかなフクロウの彫像には見覚えがありましたが、作家の名は知りませんでした。パンフレットでその名をフランソワ・ポンポンと知ったときもシャレたペンネーム ? と思ったくらいです。

アールデコのアーティストといえばバルビエやルパープといった繊細で美意識の塊のような人物像が浮かびますが、ポンポン(どうやら本名だったようです)の肖像を見ると少し様子が違います。白い髭を蓄えた朴訥としたジイサンです。

家具職人の息子で、石工から彫刻家を志してロダンに弟子入りし、下彫りの助手を経て動物彫刻家になったそうです。大型彫刻で有名なブールデルに「もっと大きくしてみたら?」と勧められて作った実物大のシロクマが人気のきっかけになったというエピソードは面白いですね。動物のムーブメントを表現するために追求した滑らかなフォルムが、期せずしてアールデコのインテリアにマッチして一躍売れっ子になったというのも愉快です。

陰鬱な帝冠様式 ( 洋風建築に神社の屋根を載せたアレです ) の京都市京セラ美術館にオシャレな動物たちが似合うかどうか心配でしたが、内部はモダンに改装されていてひと安心。でもどうせなら建て替えてほしかったなあ。

 

会場、会期 : 京都市京セラ美術館 7/19~9/5、名古屋市美術館 9/18~11/14

「アール・デコ挿絵本」の本

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鹿島茂「バルビエ X ラブルール」「モダン・パリの装い」「アール・デコの挿絵本」(順に求龍堂求龍堂東京美術)

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荒俣宏「流線型の女神」「不思議のアールデコ」「二十世紀イリュストレ大全」「ブックス・ビューティフル Ⅱ」(順に牛若丸、みき書房、長崎出版、ちくま文庫)

書店のアートコーナーにはミュッシャやバルビエの画集はありますが、挿絵本について書かれたものはあまりありません。そんな中で早くからアール・デコ挿絵本の魅力を発信してきた先駆者が鹿島茂荒俣宏両氏です。

「バルビエ X ラブルール」と「モダン・パリの装い」は、もう一冊の「グランヴィル」と共に美術展の公式図録兼書籍として出版されました。それぞれにバルビエ、ラブルールそしてルパープ、マルタン、マルティのファッションプレートや挿絵本が解説と共に紹介されています。鹿島氏のことですから書誌も丁寧で、コレクターの参考書としては最適ですが、残念ながら内容は氏の所蔵品に限られています。バルビエでは秘密の私家版「ビリティスの歌・完全版」や、遺作となってルパープが補った「アフロディーテ」は含まれていません。またマルティでは挿絵本62点の内36点が紹介されています。

アール・デコの挿絵本」はタイトル通りこのジャンルのブックデザインや造本の作法についての解説書で、コレクター必携です。

荒俣氏の著作はいずれも知の巨人らしく広がりのある内容で、“ へー、こんな画家もいるんだ ! ! ” と驚かされます。ただし話をまとめて整理する方向の鹿島本とは違いレファレンスにはあまり向きません。読んで驚き楽しむのに最適です。「不思議のアールデコ」は画像中心、「ブックス・ビューティフル Ⅱ」はテキスト中心で、他は画像 + テキストの構成となっています。

なおごく一部ですが、両氏ともに挿絵の技法については、多色木版をポショワールとしたりポショワールを写真製版とする等の混乱が見られます。こればかりは奥付け以外には資料もなく、ルーペで睨んで判断するしかありません。このブログで過去に紹介した中にも、自分自身疑問に思うこともありますが他の確証もなくそのままにしています。まあ少しずつ探っていくのも楽しみではありますが。

装丁されたタイムマシン 中井英夫“とらんぷ譚”

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 画像は幻想小説の鬼才、中井英夫の “ とらんぷ譚 ” 四部作です。1973年(昭和48年)から1978年(昭和53年)にかけて出版されました。

スリップケースに収められたハードカバーはサテンクロス装、箔押し。本文二色刷り。外箱、口絵、トビラ、さらには各短編のタイトルページにも建石修志の挿絵が入るという凝りに凝った装丁です。驚くことに、これらは限定本でも特装本でもありません。大手の平凡社による単行本で、普通に街の書店に並びました。1350~1900円と、当時としてはかなりの高額にもかかわらず一般書店で流通したということは、出版文化が現在とは違っていたのでしょうか。

たしかにこの時期、日本の出版文化は工芸的にひとつの頂点にあったといえます。湯川72倶楽部やプレス・ビブリオマーヌが愛書家向けの美しい本を出し、大手の出版社もしばしば通常版と合わせて特装限定版を出しました。しかし注目したいのはむしろ通常版の作り込みの良さです。きっと手仕事のコストが吸収できた時代だったのでしょう。店頭で装丁の美しさに惹かれて買った本もあります。ジャケ買いならぬ装丁買いですね。

とらんぷ譚 ” はマニエリスムを極めた連作短編集で、中井英夫の代表作とされています。中でもお気に入りは“  悪夢の骨牌 ” に収められた“ 緑の時間 ” で、昭和48年の夏、謎めいた優雅な女性が25年の時を遡って新婚当時の自分に会いに行く話です。戦後間もなくと高度成長期、二つの時代の風俗と心理をディテール細かに描くことでタイムトリップのリアリティを出しています。

出版からおよそ半世紀経った今、この本を手に取るとテキストの “ 現在 ” である昭和48年が遥かな記憶として甦り、主人公のさらに二倍近い年月をタイムトリップする思いがします。美しく装丁されたこの4冊は小さなタイムマシンに他ならないのでしょう。

名探偵とアール・デコ

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映画やTVドラマでアール・デコのファッションを目にすることはよくあります。人気ドラマシリーズ「ダウントン・アビー」にも美しい衣装がたくさん登場して目を楽しませてくれました。一方、アール・デコのインテリアはあまり見かけることはありません。参考になる現物が多く残っている衣装とは違ってセット作りが大変なのでしょうか。

TVドラマ「名探偵ポワロ」は、珍しくそんなアール・デコのインテリアを楽しめるドラマです。ポワロのオフィスはセットでしょうが、ロケでも朝香宮邸(都立庭園美術館)さながらのお屋敷がいくつも登場します。いくらあの時代でも全てのお屋敷がアール・デコでもないでしょうが、ドラマでは強欲な実業家の邸宅までが洗練されたインテリアで、レンピッカ風の肖像画が掛かっているという徹底ぶりです。きっと美術担当者がしっかりとしたポリシーを持っていたのでしょう。ジャップ警部役のフィリップ・ジャクソンはこのドラマのインテリアが大好きだったそうです。どこから見てもロンドン警視庁の主任警部そのものの強面オジサンがアール・デコ好きというのも面白いですね。

ところでこの役者に限らずイギリスの俳優が見せる独特のリアリティは何でしょうね。役の向こうに俳優自身が見え隠れするハリウッドとは違い、役柄の人物そのものに見えます。クセの強いキャラクターを、コメディに堕することなくリアルに演じたデヴィッド・スーシェをはじめとして、ポワロに味見をさせるチョコレート屋のオヤジや駅の新聞売りの少年といった端役に至るまでリアルそのものです。きっとイギリス演劇界には独特のメソッドがあるのでしょう。

先日アカデミー賞を受賞したアンソニー・ホプキンスが、以前ニュースステーションにゲスト出演した時のこと、彼が演技について話し出したのに久米宏が話題をチャラい方向に振ってしまって、みるみる不機嫌になったのを覚えています。軽薄なキャスターのせいでイギリス演劇の秘密を聞き損なったかもしれません。

画像のDVD、謎解きの喜びはトリックを忘れない限り一回きりですが、ディテールまで行き届いたセットや役者の演技は何度見ても新しい発見があって楽しめます。

 

近代文学を彩る口絵 鏑木清方と鰭崎英朋

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 左二点「月に立つ影」の口絵と原画 ( 鰭崎英朋 ) 。右二点「青春」の口絵と原画 ( 梶田半古 ) 。(「鏑木清方と鰭崎英朋」太田記念美術館刊より)

 

都知事の厳命で国公立の美術館が軒並み休館する中、ひっそりと開いている太田記念美術館を訪れました。鏑木清方の口絵というテーマに惹かれてのことです。初日というのに人影はまばら。都知事の逆鱗に触れないよう、ひたすら身を低くしている風情にも見えて可笑しいです。

アールデコ挿絵本の時代からちょうど30年をさかのぼる明治半ば、浮世絵技法による木版の書籍口絵が流行りました。本編よりもこちらが目当てで購入する人も多かったようです。テキストの再解釈などという小理屈を軽く無視した美人画がほとんどで、中には武内桂舟の美人画口絵付き「実用料理法」(日曜百科全書)などとという本まであります。

面白いのはアールデコ挿絵本と同様に、版画職人が画家の指示をなぞるだけではなく、独自のアレンジを加えて効果的な木版画に仕上げていることです。

テキストの色々なシーンを勝手に継ぎはぎして一枚の口絵にする画家がいるかと思えば、原画の着物の柄を全く描き変えてしまう木版職人もいるという具合で、作家、画家、職人の三者がユルーい関係の中でそれぞれの持ち分を発揮しています。著者と画家が切り結ぶような近代西洋の挿絵本を見慣れた目には、お互いのオリジナリティに頓着しないこのユルさは新鮮です。江戸文化の名残でしょうか。

 

今日の一冊 : 太田記念美術館鏑木清方と鰭崎 英朋近代文学を彩る口絵」