青い鳥

アール・デコ挿絵本の魅力を思いつくまま

A・E・マルティ 挿絵本ランキング (その3 )

〈 第2ゾーン ポショワール挿絵本 / 2000部未満 〉

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上段左から「誘惑者」「フローラの王冠」「雅歌」/ 下段左から「エレーヌへのソネット」「アフロディテ」「シルヴィ」

 

ここは高級挿絵本のゾーンです。挿絵の質と量はもちろんですが、タイプフェース(活字体)や飾り罫を含むグラフィック、紙質、パッケージに至るまで スペシャルティが求められます。ポショワールの工房も一流どころです。

希少挿絵本といえばバルビエの「ビリティスの歌」がよく知られていますが、マルティでは「誘惑者」「フローラの王冠」がそれに当たるでしょう。「誘惑者」は愛書家クラブ  “ ラテンアメリカ愛書家協会 ” の私家版で、銅版とポショワール彩色による贅を尽くした挿絵本です。片や「フローラの王冠」は、花暦風の詩に木口木版とポショワールで挿絵を付けたコンパクトな豪華本で、マルティと作家ジェラール・ドゥーヴィルのコラボ作品です。ともにテキストとの親和性も申し分ありません。

「雅歌」とピエール・ド・ロンサールの三部作(「カッサンドルの恋歌」「マリアの恋歌」「エレーヌへのソネット」)はどちらも中型の版型を美しくまとめ上げたブックデザインとパッケージが見事です。挿絵も色刷り木口木版とポショワールの併用と思われる、水彩画のような豊かな色彩になっています。

物語性のある挿絵と木目のパッケージが美しい「アフロディテ」と小型本の良さを生かした「シルヴィ」を加えた6点をノミネートします。

このゾーンには他にも中型の挿絵本があります。マルティのことですから挿絵はどれも魅力的ですが、今回は紙質やブックデザインも含めたトータルの作品として評価しました。

 

〈 残念な一冊 「ビリティスの歌」〉

バルビエを始め多くの画家が挿絵を描いているテキストです。ここではオールテキスト(フルページ挿絵)12点で構成されていますがマルティを起用するなら、もっと多くの挿絵やレトリーヌ(飾り文字)をあしらい、極上の紙質でハイエンドな企画にすれば、バルビエ版と並ぶ名作になっていたでしょう。挿絵が良いだけにとても残念です。

 

次回はモノクロームの銅版画やリトグラフによる挿絵本を取り上げます。(つづく)

A・E・マルティ 挿絵本ランキング (その2 )

 〈  第1ゾーン ポショワール挿絵本 / 2000部以上 〉

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上段左から「青い鳥」「君と僕 1939年版」「七宝とカメオ」 /  下段左から「風車小屋便り」「ミュッセ作品集」「ペレアスとメリザンド

 

ここは挿絵本のボリュームゾーンです。多くの出版社がフランス文学のスタンダードをテキストに挿絵本を出しました。中でもピアッツァ社は有名です。他社より一桁多い発行部数でコストを吸収し、その分ポショワールのグレードを上げて魅力的な本を出版しました。部数が多い分、古書価格も低いので100年後の愛好家にとってもありがたい出版社です。

そんなピアッツァ社からは、高度なテキスト組み込み挿絵が美しい「青い鳥」、各章の装飾挿絵がユニークな「君と僕 1939年版」、優美な挿絵と装飾模様が華やかな「七宝とカメオ」、見開きいっぱいの挿絵とレトリーヌ(飾り文字)が魅力的な「風車小屋便り」、そして全12巻で挿絵もボリュームたっぷりの「ミュッセ作品集」、以上5点をノミネートします。

もう一点、マプモンド社から「ペレアスとメリザンド」。物語性豊かな49点もの挿絵が美しい作品です。

このゾーンに名作が多いのもマルティの特徴です。ノミネート以外にも「キャンディド」「マノン・レスコー」やピエール・ロチ全集の「子供の物語」など魅力的な作品が揃っています。

 

〈  残念な一冊「ランジェ侯爵夫人」〉

銅版画 + ポショワールという凝った技法の挿絵本ですが、あるいはそのためか挿絵は5点のみ。オールテキスト(フルページの挿絵)だけで構成するならせめて12点は欲しいところです。

 

次回は部数2000部未満のポショワール作品を取り上げます。(つづく)

 

A・E・マルティ 挿絵本ランキング (その1 )

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シャルル・ド・ゴール空港で足止めをくっていた一冊が三週間ぶりに届きました。待望の一冊です。これでめでたく、A.E.マルティの挿絵本59点をすべて手にすることができました。引き続きの目標は、トリアージや装丁によってコレクションを入れ替えていくというもので、こちらは当分終わりそうにありません。
コレクターとしてはどの作品にも愛着はありますが、今回は目標達成を記念してマルティ挿絵本のベスト10を選出してみましょう。彼の場合、挿絵そのものの出来、不出来はあまりありません。ここでは挿絵本自体をアート(作品)でありプロダクト(製品)であると見て、その魅力度を評価してみたいと思います。

評価の項目は、挿絵の質と量、テキストとの親和性、レトリーヌ(飾り文字)やタイプフェース(活字体)を含むブックデザイン、スリップケースやカバーといった出版時のパッケージなどです。トリアージ(紙ランクなど)は考慮せず一作品一点として扱います。なおテキストの内容や個々の装丁は評価対象としません。

本来は一作品ずつ論評していくべきでしょうが、そうすると本一冊分にもなってしまいます。そこは脳内で済ませることとして、ここでは技法と発行部数で分けた4ゾーンからのノミネートで始めることにします。

第1ゾーン / ポショワール彩色(2000部以上)。第2ゾーン / ポショワール彩色(2000部未満)。第3ゾーン / モノクローム版画(エッチング、アクアチント、リトグラフなど)。第4ゾーン / 印刷(オフセット、グラビア、フォトタイプなど)による挿絵、の4ゾーンです。

次回はまずマルティ挿絵本のボリュームゾーンとも言うべき、大部数のポショワール挿絵本を取り上げます。

(つづく)



 

熊川哲也 Kバレエ カンパニー “ 白鳥の湖 ”

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画像はKバレエ カンパニー公演パンフレット

 

Kバレエ カンパニー3月の公演は「白鳥の湖」でした。あまりに王道のレパートリーですが、それだけに新しい発見もあって楽しめました

プリンシパルソリスト小林美奈が、清楚というよりむしろ妖艶なオデットとひたすら邪悪なオディールを演じ分けて見事でした。同じく表現力豊かな山本雅也を相手に、濡れ場のような濃いパ・ド・ドゥを見せてくれました。杉野慧のロットバルトも迫力の中に繊細な表現が見られて好演でした。さらに狂気や邪悪さが加わればいっそう見応えが増すことでしょう。宮尾俊太郎の、王子なぞ一瞬で食い殺してしまいそうなロットバルトを思い出します。

創立以来のメンバーたちが卒業した後、移籍入団の日髙世菜を含む今回の主役たちがこれからのカンパニーを支えていくのでしょう。スムースな世代交代を果たした熊川人事が冴えています。熊川哲也といえば、弱冠20代にして英国ロイヤルバレエのプリンシパル仲間を引き連れ、日本でのセルフ・プロデュース公演を打ったやり手です。仲間にはあのアダム・クーパーもいました。きっとニジンスキーとディアギレフの両方から祝福された人なのでしょう。

アール・デコの “ それから ”  G・ルパープ

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以前、 “ あの人は今 ” というバラエティ番組がありました。かつての人気者の今を覗き見るという失礼な番組です。考えてみれば、世の “ 流行りすたり ” に比べて人生の方が長いのは芸能界に限らず厄介なことですね。アール・デコのスター達は大流行の後をどう過ごしたのでしょう。

バルビエとマルタンは流行の終焉と時を同じくして没しました。若死にですが人気アーティストとしては幸せだったかもしれません。マルティは1974年に亡くなるまで同じスタイルで人気を保ちました。彼の本質は流行としてのアール・デコスタイルとは無縁だったのでしょう。ブルネレスキは持ち前の華やかな色使いとデッサン力で高級ポルノ挿絵の人気者になりました。

さてルパープはというと、ポール・ポワレに見出だされてアール・デコのファッションイラストを確立した当人だけに、その後の変身は容易ではなかったようです。後期の作品に見られる過剰なデフォルメは我々を戸惑わせます。しかし、それにしては彼は挿絵本の仕事をたくさんこなしました。シビアなパリの出版界が過去の名声だけで発注を続けたとは思えません。

彼の挿絵の魅力はその大胆な構図と人物のポージングにあります。バルビエがニジンスキーのダイナミックな動きの一瞬を切り取ったのに対し、ルパープの場合は対象の人物に大胆なポーズをとらせているのです。モデルがランウェイを進み、一瞬立ち止まって見せるあのポーズです。とてもわざとらしくて、それでいてオシャレなあの人工的なポーズこそが彼の得意技なのです。これは初期のファッションイラストの時代から変わっていません。この場合、背景を描き込むとそのわざとらしさが悪目立ちしてしまいます。画面一杯に描き込むオールテキスト(フルページの挿絵)より背景が白く抜けたヴィニェット(本文に組み込まれた挿絵)の方が生き生きと見えるのです。

 1940年代後半になると彼の持ち味を生かした挿絵本が多く出版されました。この “ 君と僕 ” もその一つで、美しいタイポグラフィとマッチしてとてもオシャレな作品になっています。

 

今日の一冊 : ポール・ジェラルディ著「君と僕」1947年、イル・ド・フランス社刊。

 

お薦めの一冊「七宝とカメオ」A・E・マルティ

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たまたまブログを見たアンティーク好きの旧友からメールで 「アール・デコ挿絵本なるものを一冊手に入れてみたいがお薦めは ? 」とのこと。ウーン一冊だけとなるとこれは意外に難しい !

手始めはポショワール彩色の挿絵本がいいでしょう。なんといってもアール・デコとともに栄えて滅んだ幻の彩色技法です。画家は二大巨匠のバルビエかマルティか。ただバルビエから選ぶとなると、相場数十万円の「艷なる宴」か美本双書の4冊になります。1000円以上の本は高い ! と思い込んでいる一般人に薦めても正気扱いされないでしょうからやめておきます。

ここはやはり選択肢の多いマルティ、なかでもピアツツァ書店本を候補に。発行部数が多いのでポショワールの質が高いわりにお手頃です。物語性豊かな “ 青い鳥 ” 、見開きいっぱいの本文挿絵が見事な “ 風車小屋便り “  、ロマンチックな挿絵と装飾性が魅力の “ 七宝とカメオ ” などそれぞれお好み次第ですが、友人には “ 七宝とカメオ ” を薦めておきました。本文の挿絵もさることながら、仮綴じの表紙絵が優美なのも魅力です。発行部数も多いので、仮綴じも美しく装丁したものも多く出回っています。

これを機会にポショワール彩色が気に入れば他のピアツツァ本をゲットするもよし、マルティ特有の陰影の美しさが気に入ればエッチングやアクアチントの挿絵本に向かうもよし。そのうち彼がトリアージがどうしたとか局紙刷りでなければなどと “ うわ言を ” 言い出して、限定挿絵本の泥沼にはまり込んでいくのを楽しみにするとしましょう。

 

今日の一冊 : 「七宝とカメオ」1943年、ピアツツァ社刊。

愛書家たちの名残り

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 上段左 / 「風車小屋便り」と絵はがき。上段右 / 「聖書物語」とクリスマスカード。下段左 / 「誘惑者」。下段右 / 綴じ込まれていたジェラール・ドゥーヴィルからラ・ロシュフコー伯爵への書簡。

 

挿絵入りのミュッセ作品集を手に入れたときのこと。大きな国際小包を開き、スリップケースから取り出してページをめくると、パリパリと天金が切れる手応えがありました。なんとこの本は装丁されてから一度も開かれたことがなかったのです。ページからは紙とインクの匂いが立ってきます。美しい装丁を誂えて一度も開かなかったお金持ちの前所有者に思わず感謝した次第です。きっとこの作品集は、80年ものあいだインテリアとして豪華な書斎を飾っていたのでしょう。それはそれで結構なことですね。

一方で、持ち主の気配を濃く感じる本もあります。モロッコ革コーネル装の「風車小屋便り」には風車の未使用絵はがきが挟まれていました。モノクロームなので出版と同時代のものでしょう。プロヴァンスを旅した所有者がちょうどいいやとばかりに栞がわりにしたのかもしれません。ひと年取った物静かな紳士の姿が浮かびます。

子供向けの「聖書物語」には素朴なクリスマスカードがついていました。裏には幼い字でプレゼントのサインがあります。友達からの贈り物でしょうか。本も痛んでいないので持ち主はきっとお行儀のいい女の子だったのでしょう。

目に見えるものばかりではありません。深紅のアールデコ装丁の「ロンサール・愛の詩集」にはエキゾチックな香水の名残りがありました。どんなレディがページをめくったのでしょうね。

なかには素性のはっきりしたものもあります。美しいモロッコ革装の「誘惑者」に綴じられていたのは著者ジェラール・ドゥーヴィルからの手紙です。クロスライティングという縦横重ね書きの流れるような筆跡には、才気あふれるレニエ夫人(筆名ジェラール・ドゥーヴィル)の姿が浮かびます。受け取った手紙を丁寧に綴じ込んだ趣味人の貴族の気遣いも感じられます。

いにしえの愛書家たちの息吹を感じるのも挿絵本コレクションの楽しみのひとつです。